• 八丁について
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江戸時代
  • 徳川家康公誕生の岡崎城から西へ八丁(約870m)の距離にある八丁村(現在:愛知県岡崎市八帖町)で2軒の味噌蔵が味噌を醸造。
  • 八丁村で造られた味噌のため、「八丁村の味噌」から「八丁味噌」と呼ばれ、2社は商標として使用する。
  • 東海道を往来する大名行列やお伊勢参りの人々によりその名が広がる。
  • 矢作橋・大樹寺の修復に来た幕府の役人が書いた「三河美やげ」に「八丁味噌」が描かれる。
  • 岡崎藩御用達として2社が名を連ねる。
明治時代
  • 明治14年 第2回勧業博覧会(カクキュー)
  • 明治28年 第4回勧業博覧会褒章受章(まるや)
  • 明治36年 第5回勧業博覧会褒章受章(まるや)

大正時代
  • 大正10年の仕込み帳(カクキュー)
昭和時代
  • 戦時中はその保存性を認められ、潜水艦にも積み込まれる。
  • 昭和15年、統制令により八丁味噌の品質が維持できず、2社は合同で休業宣言を行う。


  • 終戦後、八丁味噌の製造を再開。
    岡崎観光夏まつりポスター(昭和20年代復元)
  • 昭和31年9月、南極地域学術観測隊の携行食品として八丁味噌は耐暑耐寒試験を受けた結果、
    優秀と認められて同年11月の予備観測から昭和37年4月まで毎回使用された。
  • 昭和40年代には海外への輸出が始まる。
平成時代
  • ISOや有機JASなどに積極的に審査登録。
  • 愛知ブランド企業に2社とも認定。
  • 平成17年5月 八丁味噌協同組合設立。
  • 平成20年度 本場の本物に認定。